前回の記事を書くまでに、色んな情報を収集し色んなテレビ番組を見、
色んな映画を見ていたが、そのネタで何回もブログを書こうとしていたが
書く前から放棄してしまった。2/22地上波でやっていた「耳をすませば」の
世界観が好きで、二十歳になるまで、ちょうど完全に社会とは根絶し自ら引篭もり
部屋の窓から外の景色ばかり眺めていた頃、この映画を見てこの映画の
題材になった素晴らしい街、東京都多摩区聖蹟桜ヶ丘に興味を持っていつか
住みたいと思うようになった。とある耳をすませばのサイトには聖蹟桜ヶ丘の
写真が年こどにアップされていて素晴らしく綺麗な景色に見えた。
そんな耳をすませばを少しだけ見て、見るのを止めた。
物語は分かりきっているし、何度目の視聴か分からない。映画だけは歳を
取らなくて、自分はこの映画の主人公に近かった年齢から遠のいていく。
映画の世界で起こる様々な場面や葛藤も、遠く過ぎてしまった思春期の葛藤。
そんな映画の感想など今の歳で書いても、何ら現状に変化は無い。
「箪笥」という韓国ホラー映画をDVDで借りても内容が複雑過ぎて
一回見ただけでは把握できず、この映画の内容もホラー的な精神ショックより
元々この映画の設定の主人公が多重人格、分裂気質(酷い妄想など)だった
ので見て酷く落ち込んだ。
p-modelのCDを買ったが、「LANDSALE」も「Perspective」も1stを買った時
詞に衝撃を受けたが、ますます曲と詞が脈略の無いものになり過ぎて自分の
今の精神状態では詞も歌声も心まで届かなかった。しかし何故かThe Stalin
といパンクバンドの遠藤ミチロウが書いた贅肉を削ぎ落としたような不毛な詞の
世界には引きずり込まれる。最近はあまり聞かなくなったが、Stalin名義で
出ているCDはほぼ買った。中でも「電動こけし」という曲の詞の世界観と
メロディーと歌声には、ショックすぎて悪寒と身震いと吐き気が同時にやってきた
のを覚えている。そんなスターリンの廃盤となっている「trash*」は是非復刻してほしい。
とある情報によると復刻は完全にありえないという事だったが、今一番聴きたい
音楽でもある。「TRASH」はブログタイトルにしたが、この曲の不毛な詞と叫び声は
胸に焼き付いて離れない。
-泥棒共が追いすがっても 俺には捨てるものが無いのさ-
-そんなに情けない顔を するなよ-
テレビの話をしたが、自分が鬱っぽいのかほんとにテレビに興味が無い。
一応付けたりはしているが、これが見たい!、これを見逃したくないという
ドラマや番組などが今は殆ど無い。興味があるのは再放送のドラマや番組で
その内容に興味があるんではなく、そのドラマや番組が何年前に放送してたか
というのが気になってwikipediaで検索するのが、殆ど趣味になっている。
ついこの間も、世にも奇妙な物語が深夜に急に一発再放送をしていて見てしまった。
この「世にも」、リアルタイムからの大ファンである。夕方に再放送されるのがベストだが
本放送が終了した今も、春と秋にはSPをやってくれるので嬉しい。
そんな再放送の世にもに、綺麗な女優が出ていた。「仙道敦子」。当時の放送年度が
1991年頃なので17年くらい前の作品だった。
-忘れ去られたメス-
-留守番電話-
-座敷わらし-の三話だったと思う。
仙道敦子なんて最近全く見ないから、嬉しい。顔が中山美穂にも似ている。
当時の仙道敦子の年齢を検索しまくったら21歳くらいだった。そりゃ若くて綺麗な
はずだ。-留守番電話-のできないOL役だった。留守番電話というタイトルも当時の
流行りか。携帯が殆ど普及してない頃、ポケベルさえ怪しい時代だ。公衆電話が神様
に見える。一番自分が嬉しいのは、10年〜15年くらい前のドラマや番組の再放送を
期待している。当時体験できず分からなかった疑問やヒントがそこには敷き詰められ
ているから。しかし苦い思いも同時に感じるのは、98年〜00年の間のこの2年の
作品だ。この時期の自分は完全に死んでいたし、嬉しくもあるが自分の思い出した
くないまた忘れていた歯がゆい過去も一緒に連れて来る。
過去への回想は現実だけでなく、夢にもうなされる。
やはりここ数年、活動的な生活を送ってない性か夢にまで過去が回想する。
一番うまく行かなかった、中3から高1の頃の周りの同級生達の私への視線。
春夏秋冬問わず、季節まで選んで私の夢の中に当時顔を合わせていた人物が
登場する。パキシルを飲んでいた4年間は学生の頃の夢なんてものは殆ど見ず、
それこそ数年以内の出会いの夢をみていた。精神科で3人の女性と出合って
その中の二人の夢ばかり見ていた。しかし、ここ最近その3人の女性の現実を
知ったらぱったり見なくなった。
一人は正看護師になって精神科から癌科に行ったらしい。
もう一人は結婚寸前の男性と上手くやってるらしい。最後の一人は、電話番号を
貰った人妻の女性だった。この人に数年間何度も連絡をしようと思ったが、旦那と子供が
居ると思ったら気軽に掛け辛く、そのまま自然消滅のような感じになってしまった。
今、現在もし私が電話を掛けても忘れていると思うし、当時のように仲良くできるかが
疑問になり、ためらう前に諦めてしまう・・・が久しぶりに会って顔を見たいし声も聞きたい
それが現状。
何故なら、2003年の入院を期に友達が限りなくゼロになってしまったから。
今待ち合わせしてまで会う友達は居なくなったし、気力のない半分病んでる
自分がテンションが普通の人と会ってもついていかない気がする。しかし人と
会いたい、会話がしたいという思いが根絶したわけではない。ただ相手に迷惑が
掛かるのなら止めておこう、そういう意思が勝手に働くだけ。
過去の回想が勝手に止まらずに、鬱になるのが一番辛い。生唾を飲み込むくらい
心臓がバクバクして、焦る。
ネットで初めて日記を続けて書いたのが2001年頃。正直、その辺りで
日記やブログを書き続けようという事は避けている。後々消去しても
検索で引っ掛かったりすると結構、現在と比べて淋しくなる。何ていっても
若い頃に書いていた記事を見ると、どうでもいいことでも今とテンションがかなり違う。
やる気満々やハッスルという古臭い死語がとても似合うので辛い。
そういう意味や、時代の流れを読み取ってネット上に自分の日々の足跡を
残す事は極力避けることにしている。私と同期くらいにネットをしていたり、日記やHP
を作っていた人は、止めて既に若い連中に明け渡している感じになっている。
次の世代の事柄がこれから書かれていき、また次の世代へ渡っていく。それが
繰り返されているという現実には大人しく従うつもりで居る。
しかし、・・・経験者は語るという事をなくしてしまえば時代は育成できない。
そういった自分にとって不毛な感じで時たまここに色々書いているのかもしれない。